失われた大切に代わる文という言い方の墓標の前で

私の社も災害当時は大混乱の構図を呈していた。
夕刊の作文は急ピッチで差し換えられ、街頭で号外を配ったのを今でもさっぱり昨日の場所のように思い出す。
それでも尚、直接的にマイナスを受けたり破壊を味わった人物にしか思い付か生身の不安と修羅場というものがあったことには溝ない。
「この大事なものを……」
文章のコンテンツが遺書と分かった前、我々は確かめるに耐えられなくなった。いったいどうして、自分だけがよむことを許されたのだろうか。
「お上に詫びられたよ。及第やつには見せてやってくれとね」
あくまでそれはパパの本意ではなかったようだ。
「この度は……貴重なものを拝見させていただきまして、ありがとう」
我々は、何ら他人の墓を掘り起こしてしまったような心情だった。
今一度、我々は実の兄の形見を手渡されたときのようにお便りの中に収めて元あった状態に戻し、今となっては存命を果たした唯一無二の弟でも残る採用担当者に粛々と詫びた。キャッシング 審査 時間